北米バレエ留学についていった話
京都のはずれにある小さなバレエ教室からいきなり4人の生徒がニューヨークとボストンにバレエ留学をすることになり、教室の先生の配偶者である甲斐性なし旦那が生徒達を引率してひと夏を見守ることになったのだが…
プロフィール

引率の者

Author:引率の者
妻(元バレリーナ)が拾ってくれなかったら、僕はとうの昔に大西洋で魚のエサになっていただろうな。いまは小さなバレエ教室の隅っこで日々たのしく暮らしています。もう大丈夫。



最新記事



最新コメント



最新トラックバック



月別アーカイブ



カテゴリ



検索フォーム



RSSリンクの表示



リンク

このブログをリンクに追加する



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



QRコード

QR



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

リアルという速度
0727.jpg

Kちゃんはいつもより一時間早い4時に授業が終わったので、同じクラスのみんなとセントラルパークに遊びに行った。

終業時に荷物を受け取り、再びみんながABT前に戻ってくるまで近くのコーヒー店で時間をつぶしていようかという段取りであったが、みんなでABT近くに住む友達の家に荷物を置くことになったそうで、Kちゃんの帰りは身軽に待てるようになった。いつもKちゃんがお世話になっているお友達はお迎えの都合から、残念ながら今回のセントラルパーク行きには参加できないという。そんなわけでKちゃんはグループ内唯一の日本人としてこの小遠足に出かけていった。

みんなを見送った後、僕はお土産に何かをとユニオンスクエア周辺の雑貨屋をのぞいてまわる。いくつかの「もらってうれしくない土産」シリーズに加えるコレクションを見つけてから、ユニオンスクエアの木陰に戻りベンチに座ってワールドトレードセンターに関する雑感を裏紙に書き付ける。まだ暑い夕方で風もあまり吹かなかったので汗をかきながら、それでも整理のつかない気持ちを書きなぐっていると、いつの間にか6時をまわっていた。

携帯電話が鳴ったので出るとKちゃんで、今からセントラルパークを出るという。そこから地下鉄に乗ってユニオンスクエアで降り、お友達の家から荷物を取ってABT前まで戻ってくるには、だいたい一時間くらいと見積もった。念のため早めにABT前に戻って立っていると、また電話が鳴ってKちゃんが「アバウト・テン・ミニッツ」と英語で到着までの時間を報告してくれた。KちゃんがABT前に現れると、同じように子供の帰りを待っていた保護者の皆さんに挨拶をしてから帰路についた。

今日のセントラルパークについて話を聞いていると、今回は公園の南部を巡ったらしく、大きな草原があったという。日本人ひとりでも不自由は無かったようで、大変楽しかったとのこと。引率してくれた友達のお父さんがとても親切で面白かったそうだ。ここにも子供たちの面倒をみてくれた人がいて感謝する。Kちゃんはこうやって言葉の壁を乗り越えて、積極的に同世代のクラスメートとコミュニケーションをとろうとしている。その中の数人とはもう生涯の友人のようになっていて、肩を組みこちらの流儀で友情を確認しあっているのをよく見かける。

一週間前にボストンを訪れた際に、向こうに滞在するボストン組三人がKちゃんの「ノリ」の変わり様に驚いていたらしい。Kちゃんはいつの間にかアメリカ・ニューヨーク市のスピードと空気を我が物として、こちらの若者として日々学校生活をおくっているのだ。出来る限り他の日本人と集団になってしまわない環境が提供できて本当によかったと思う。語学の習得もさることながら、異なる国の違った文化を背景とする仲間たちと日々を過ごし、語らい、笑いあって気持ちを共有する。この年頃の日本人の女の子にとって、これほど貴重で換えがたい経験はあるのだろうか。

バレエ学校の終わりと帰国の日が近づいてきた。バレエ学校にいない時間、友達と過ごさない時間が惜しい。ずっとこの時間が続いてくれればどれほど幸せだろうか。同じ目標、同じ夢に向かい、厳しいバレエ学校で日々戦い認め合ってきた戦友達ともこの金曜日の発表会でお別れだ。みんなそれぞれのもといた日常に戻り、またいつもの学校に通いバレエレッスンに通うのだ。ある者は来年の夏に再びこのニューヨーク市に帰ってきてABTのクラスに出席するだろうし、またある者はもう二度と会うことは無いかもしれない。

バレエを学んでいると、とても厳しく辛いときもある。日本で普通の子供として生活し、バレエを志すには日々孤独と戦うことにもなるだろう。学校のクラブ活動でもない限り、その孤独な努力を周りが認めてくれる機会は少ない。義務教育期間中とはいえ、人生の目標が決まり歩み始めた者にとって日本の学校環境はあまり協力的なものではない。学問という本質からは程遠い画一化された膨大な課題。精神的に未発達なまま行き場を失い不安や不満の制御を知らず、人とのかかわり方を誤る子供達。これらに対処することができずに、あきらめと不干渉を決め込むおとな達。これらKちゃんが戻らなくてはならぬ日本の学校はバレエを学ぶに適した場所ではないだろう。人々には、どうかこの志ある若者の行く先を邪魔しないでほしい、Kちゃんがひとりの確立した人格として尊重され待遇されるようにと願うばかりだ。

今日クラスを終えてKちゃんに、レッスンも残すところ一日だけだと話すと、「早すぎる」と答えた。そうであろうと思う。それがバレエを学ぶ者の時間軸である。毎日8時間以上にもおよぶ厳しいレッスンやリハーサルは超特急で進行していく。少しでも気の緩みがあれば、たちまち振り落とされて取り残されていく。それがバレエの速度であり日常なのだ。

Kちゃんは、またこの地に戻ってバレエ学校に出席してもらいたいと思う。リアルを知った者は、もうリアルでしか生きることができないのだから。
スポンサーサイト

テーマ:バレエ - ジャンル:学問・文化・芸術



トラックバック
トラックバック URL
→http://balletseaman.blog87.fc2.com/tb.php/43-a664d1c0
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。