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北米バレエ留学についていった話
京都のはずれにある小さなバレエ教室からいきなり4人の生徒がニューヨークとボストンにバレエ留学をすることになり、教室の先生の配偶者である甲斐性なし旦那が生徒達を引率してひと夏を見守ることになったのだが…
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妻(元バレリーナ)が拾ってくれなかったら、僕はとうの昔に大西洋で魚のエサになっていただろうな。いまは小さなバレエ教室の隅っこで日々たのしく暮らしています。もう大丈夫。



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グッケンハイム美術館
0720.jpg

Kちゃんを早くに送ってから時間のある今日は、とうとうセントラルパークを散策してみようと決めた。

宿にもどってから昼頃までたまっている用事をかたづける。朝のサンドイッチを食べてからセントラルパークにむかう。宿のすぐ目と鼻の先にあるのに今まで立ち入った事がなかった。パークウエスト通り沿いに迫り上がる岩山を分け入るように公園内にはいる。入り口には「異邦人門」とあった。

小高い丘から見渡す原っぱと森の向こうにわずかにニューヨーク市街の建物が見え隠れする。ときおり申し訳程度に造られた階段や東屋、縁石の他には、何一つとして均一に並べられた構造はなく雑木と草花が生存の進退を繰り広げている。今ではほぼ平坦なマンハッタン島にありながら起伏は高く変化に富んでいる。さながら登山道のように見える箇所すらいくつも存在する。

しかしこれは完全に人工の地形なのだ。空間を巧妙に計算した造園であり、都会の喧噪とは完全に隔離された世界を演出している。自然の山河を切り取りコラージュしたような環境であるが、野山の匂いが全くしない。ここにあるのは仮想現実であり都会を形造るひとつの要素だ。都会のオアシスとは言い得て妙であるが、ニューヨーク市というメガ構造体を維持するためには、このような腎臓機能が必要不可欠になる。ここは高ストレスの現代社会において、その累積した不純物や毒素の浄化を担う設備なのだ。古代文明の都市設計にもすでに庭園の要素はおおきく取り入れられており、古代バビロニアには階層型の空中庭園すらあった。

ここで人々は休日を過ごし、無造作な草木や丘、小川をながめながら、直線と平面だらけの無機質な都会風景を見続けて疲れた視神経を癒す。散歩をすると、計算されているからこその予測不能な風景の移り変わりを楽しむ事が出来、小道にかかる茂みをくぐるとまた新しい小世界に出くわすのである。

かく言う僕も、この人造の野外迷宮庭園のとりこになっていた。自然の息吹こそは感じないまでも予想を裏切り続ける造園の「みたて」に酔いしれるのである。ランニングやサイクリングには公園内の舗装道路を進む事ができるが、この道路もまわりの景観を損なう事の無きように、わざわざ一層掘り下げて通されている。この他にも公園内には草野球場やテニスコートもありきちんと整備がされている。保安・維持のためにかなりの人々がこの公園内で働いているようだ。これらの資金は税金である。

大きな池を迂回してイーストサイドとの境界線あたりにやってきた。地図で調べてみると「グッケンハイム美術館」が最寄りだ。亡くなって久しい義父が訪れることの出来なかった美術館だということなので、娘婿のつとめとしてここは立ち寄って堪能しておく必要があるだろう。

写真でも確認している美術館の「巻貝」のようだといわれている外見は、どちらかといえば80年代アニメの「僕の考えた未来の建物」だった。建物の中に入ると、内側も螺旋状のスロープになっているのがわかる。見物客は建物内をぐるぐる巡りながら展示物を鑑賞する事になる。誰かからグッケンハイムは二重螺旋構造になっていて外から建物を回って登り、頂上から中に入って、内側を回って下ると聞いていたのだが、そういう構造でもなさそうだった。長い列をならんでチケットを買う。18ドル。近代美術館よりは安い。期待をふくらませて、グッケンハイムの登山口となるスロープにさしかかる。

ここから見える展示物で先程から気になっているのが、1階ロビーに映されていたモノクロ映像だ。5分くらいの映像を繰り返し流しているのだが、昔のニューヨーク市を映した手ぶれのひどい自家用8ミリのような作品だ。取った人はたぶん酔っぱらっていたのだろう。その映像からは週末の夜の喧噪と翌日のけだるい後悔の朝が思い起こされて、過去の記憶からくる何か後ろめたい気持ちと色々思い出したことに対するいらだちを感じるに至った。僕からそこまで引き出せればたいした者だ、この作品の作者は勝ちだ。もう二度と見たくはないけれど。

スロープを登って目に入る作品の多くが、それに似たような不快感をあたえる。心の隙間に差し込むような陰鬱な写真や造形だらけだ。「美」術なのにな。それだけに力のある作品なのだ、他人の家にお邪魔した時に無理矢理みせられる家族アルバムを前にしても同じような気分を覚えるので、その程度には。

美術館が行き止まりの構造なので一番奥に展示してあるのが本日のトリとなる作品なのだろうなと見てみると、どこかのジジイが座っているのを四方八方から映像におさめ、大小さまざまなスクリーンに映しているシロモノであった。ジジイは不安そうに座って微動だにしない。それを黒ぶちのヒッピーシャツの男がしたり顔で見下ろしているのが画面の端にみてとれる。タイトルをつけるなら「オレオレ詐欺に気をつけましょう。 by京都府警」だと思った。八十歳以上のお年寄りはもれなく大切にしている僕はたいへん不快になった。

この他にも自傷する行程を写真におさめたもの、死刑台、貯水棟のカタログ、新聞の切り抜き、へたくそな塗り壁、等々。ニューヨークのお偉い批評家の皆様にとってはさぞ高尚な作品なのだろうな。これぞニューヨークだもんな。昼下がりの炎天下のミッドタウンと同じ匂いがぷんぷん漂ってくるもんな。

18ドルは高かった。ものの2時間と滞在する事はなかった。お彼岸には画家だった義父に手を合わせこの未来美術館のことを報告するつもりだ。

「見に行かなくてよかったとおもうよ」
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テーマ:バレエ - ジャンル:学問・文化・芸術



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