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北米バレエ留学についていった話
京都のはずれにある小さなバレエ教室からいきなり4人の生徒がニューヨークとボストンにバレエ留学をすることになり、教室の先生の配偶者である甲斐性なし旦那が生徒達を引率してひと夏を見守ることになったのだが…
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Author:引率の者
妻(元バレリーナ)が拾ってくれなかったら、僕はとうの昔に大西洋で魚のエサになっていただろうな。いまは小さなバレエ教室の隅っこで日々たのしく暮らしています。もう大丈夫。



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学生さん御用達
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いつもの狭い鉄製の二段ベッドとは違い、宿のダブルサイズの快適なベッドを占有して眠る事ができたため、7時間に満たない睡眠でも深く眠れた分、目覚めは快適だ。リビングルームでネットに接続しEメールの送信を試みるが、うまくアップロードできないようで諦める。街の公衆無線LANを探すしか無い。

宿でとてもおいしい朝食をいただいた後、荷物をあずかってもらってボストンの街に出かけた。今日は昼過ぎにはニューヨーク行きのアムトラックに乗ってしまうためボストン組とは会えない。昨日に盛りだくさんに遊んでしまったため、今日は行くところもあまりない。Kちゃんはボストン美術館には興味がなさそうだ。とりあえず、路面電車にのってアイコ先生の通っていた大学を見に行こうということになった。

地下鉄駅を上がり、しばらく歩いて公園を手前に道を曲がると妻の通っていた舞台芸術の大学が見えてくる。もう100年以上も前からそこにある校舎である。生徒ではないため中には入れないので表で記念写真をとる。次に大学の劇場の写真をとるために、校舎の裏手にまわる。この古い劇場はただいま改装工事中なので、工事用の足場が組んであったが昔の構造のまま増築するプランのようで、オリジナルの劇場の外見はよくわかる。劇場の中には、舞踊科と歌劇科の教室兼スタジオがあるのだが、のぞいてみるとこちらは大改造中で、外の光を取り入れる大きな窓が新しく取り付けられるようだ。記憶にあるじめじめとした陰鬱な稽古場からは随分改善されているように思うが、舞踊科の地下スタジオはそのままなのかもしれない。

この小さな大学を見学してしまうと、本格的にやることが無くなってしまった。しようがないから散歩でもするかとチャールズ川沿いの遊歩道をめざす。この遊歩道はチャールズ川と並走するハイウェイに挟まれた全長数キロの緑地帯で、普段からたくさんの人々がランニングしたりローラーブレードを楽しんだりしている。川向こうにマサチューセッツ工科大学の校舎ドームが見えたり、ゆるやかに歪曲した川縁にボストンの高層ビル群が見えたりして、たいへん風光明媚なところだ。独立記念日にはこの遊歩道の途中にある野外音楽堂でボストン交響楽団による音楽ライブが毎年おこなわれ、恒例のチャイコフスキーの「1812」では陸軍の実際の野砲が空砲を打ち鳴らすのだ。また、当日夜の花火大会もオーケストラの生演奏をBGMに繰り広げられ、この夏にニューヨークでみたものよりもずっと規模が大きかったように記憶している。

遊歩道を川上にしばらく歩いて、陸橋を渡りボストン大学の構内にはいる。お金持ちの大学なのでキャンパス内はいつ見ても整然としていて緑が多くて大変美しい。散歩はしてしまったので、次なるのプランを考えなくてならない。ベンチに座り記憶の中からボストンの楽しい場所を堀り探すのだが、あいにくお子様向けの情報がでてこない。そうして困っていると、Kちゃんが衣類を購入したいと言い出した。短パンにパーカー、Tシャツが欲しいというのだ。学生向けの安い服屋といえば心当たりがある。ここからなら歩いてもいける距離だ。

もと来た方向に今度は赤煉瓦の市街地の中を歩き出す。路面電車では3駅くらいの距離であるが徒歩でも20分とかからない。歴史のあるきれいな街並だから良い観光コースである。ニューベリー通りの西端のその店は開店までにしばらく時間があったので、他の服屋をさがしてニューベリー通りを東に歩く。途中何軒か服屋やスポーツ用品店、さらには野球グッズ店までのぞいてみるが、良いデザインの、てごろな値段の、さらには日本人向けのサイズの物がみつからない。

ニューベリー通りをあきらめて、次はボイルストン通り沿いに歩いていると、あのガラス張りのアップルストアを発見した。ここならメールを送信する事が出来る。Kちゃんには最新型iPhoneで遊んでいてもらって、重い旧式iBookを取り出し、昨日から送信待ちになっている大量のデータを公衆無線LAN経由でアップロードする。カバンに入っているこのiBookとデジカメはもう十年以上前の型である。この店に展示されているiPhoneは小さくてずっと軽いのに両方の機能をもち、しかもはるかに高性能である。旧式にこだわる必要はあまりないのだけれど、丈夫さだけが取り柄の旧型なので、壊れない限りはがんばってもらいたいと思って使い続けているのだ。KちゃんはiPodTouchが欲しいと言っていた。確かにこれがあれば、東京からニューヨークのあの長い飛行機での移動時間もなんとか耐える事ができるだろう。

しばらく最新式の情報端末で遊んだ後、服屋をさがしてコープリー方面に向かうと、有名服飾ブランドのアウトレットっぽい2階建ての大きなお店を見付けた。中に入るとGUESSやPOLO等の中堅どころの服飾メーカーが集合しているようであった。ひととおり店内を見るが、これと思う物は値引き後でもやはり高い。あきらめて、かのニューベリー通り西端の学生さん御用達の安服屋に戻る事にする。もう開店している頃だ。

コブラ柄のTシャツや、たくさん食べても大丈夫そうなゴム絞りの綿パン等、やはり安い分ほとんどの品物があか抜けない物ばかりだけど、よく探すと良い物も見つかるのである。Kちゃんは大量の若者服の中から短パンを見つけ出した。めぼしい物はこれだけ。こんな安物服屋だけど、良い物、気に入った物が一つでもみつかれば「勝ち」である。

宿に戻って預けていた荷物を受け取ってニューヨークに帰るアムトラック鉄道の駅を目指す。バックベイ駅のダンキンドーナツでこの前のようにパンを買い、木陰に移動して昼食にする。もう電車の来る時間だ。

美しい海岸線を列車はすすむ。海水浴場が見えて、たくさんの人々が海辺で遊んでいるのを見る。このあたりの海流は北から流れてくるので海水は冷たいかもしれない。ニューヨークを目前にして列車が止まってしまった。もうこの時点で45分も遅れているのに車内の電灯や電源まで消えてしまった。アナウンスがあり、客車を牽引していた機関車が動かなくなったのでニューヨーク方面から機関車を呼んで来て先頭につなげて引っ張るから少し待てと言う。動力を失った大陸縦断鉄道の横を通勤電車が次々と走り抜けて行く。そこらの通勤電車の何両かで引っ張ってもらえれば良いのにと思った。

結局、機関士達が自力で動力を回復したらしく、一時間ほどかかったがアムトラック鉄道はふたたびニューヨークに向かって走り出した。

ニューヨークのペンシルバニア駅に到着した時は予定を2時間も遅れていた。この調子では次回ボストンに他の生徒をむかえに行く時に時間が無くなるかもしれない。もう一度スケジュールを考え直す必要がある。

Kちゃんと夕食にスープを食べて解散。あしたは8時半に集合だ。
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テーマ:バレエ - ジャンル:学問・文化・芸術



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