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北米バレエ留学についていった話
京都のはずれにある小さなバレエ教室からいきなり4人の生徒がニューヨークとボストンにバレエ留学をすることになり、教室の先生の配偶者である甲斐性なし旦那が生徒達を引率してひと夏を見守ることになったのだが…
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引率の者

Author:引率の者
妻(元バレリーナ)が拾ってくれなかったら、僕はとうの昔に大西洋で魚のエサになっていただろうな。いまは小さなバレエ教室の隅っこで日々たのしく暮らしています。もう大丈夫。



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フリーダムトレイル
0716.jpg

ボストン組の滞在する大学寮に到着する。運転手には後でむかえの連絡をするかもしれないからと言って別れる。ボストン市内の中心部からここまでの時間を計っていた。約45分。バックベイ駅からは2時間もあれば往復できる事になる。

寮の入り口には鍵がかかっていたが、スタッフルームがガラス越しに見えたので外から呼びかける。笑顔の寮スタッフが中から扉をひらいてくれた。自己紹介をして、Nちゃん、Mちゃん、Sちゃんの3名を今日一日連れ出す事の許可をもとめる。外出許可申請は出国前に提出しておいたので、書類には僕の氏名が登録されているはずだ。
パスポートを提示して身分の証明をしてから、スタッフによって生徒達を呼び出してもらう間、ロビーに座って待つ。

ロビーにはサマーダンスプログラムを受講する男の子達が早くから起きだして、備え付けのパソコンに向かい何かゲームのようなもので遊んでいた。まだとても幼くみえる。寮スタッフにプログラム最終日のお迎え時間の確認をしていると、ボストン組の3人が出て来た。「久しぶり、随分大きくなったね」と英語で冗談を言ってみた。受けはしないが。再会した3人に特に変わった様子がなかったのが、良いのか悪いのか。とにかく4週間のアメリカ生活でほとんど太っていないのは幸いだ。

午後10時の門限までには必ず3人を戻すことをスタッフに約束して寮を後にする。今日は楽しい一日にしなくてはならない。経済問題をいかに迅速に解決できるかにかかっている。バスの時間に間にあいそうなので大学のキャンパス内を歩いて移動する。ここにはあの大きな灰色リスではなく、シマリスが多く見られる。聞けば七面鳥までうろうろしているらしい。風が吹くと木立から朝露が霧のようになって降り注いでくる。道行けば建物に張り出すクーラーからの排水が頭上に降り注ぐニューヨークとは大きな違いだ。広いキャンパス内を横切り、並木の中央通りをぬけると一般道に出る。周辺はゆったりした住宅地なので、どこからどこまでが大学の敷地なのかもわからない。大学前のバス停でバスを待つ。時刻通り到着すれば後10分くらいで来るはずだ。待っている間に学校の様子を聞く。

お友達もたくさんできて、とにかく毎日楽しいそうだ。クラスでは学校長直々のヴァリエーションクラスがあったり、パ・ド・ドゥクラスがあったりと毎日6時間以上は踊っている。3人ともそれぞれ1回ずつ調子が悪かったり具合が悪かったりして学校を休んだ事、それ以外は何事も無く元気にクラスに出席できている事を話してくれた。また、週末課外活動でのボストンダックツアーの後に独立記念日の花火を鑑賞できた事、ニューヨークシティーバレエの「真夏の夜の夢」の観劇には片道4時間以上のノンストップバス旅行となり大変疲れた事を楽しそうに話してくれた。

バスはほぼ定刻通りにやって来た。メトロカードに似たチャーリーカードなるものを使ってバスの運賃を支払い、ニュートンセンター駅まで乗車する。バス内でみんなほとんど現金を持ち合わせていないことがわかる。ニューヨークでつくった現金はこの4週間でほぼ使ってしまった。今日中にボストン市内でアメリカンエキスプレスのオフィスを探してトラベラーズチェックを換金しなければならない。用事が二つになった。

路面電車をおりて、朝食をとることにする。生徒達は寮を早く出て来たのでカフェテリアのブランチにはありついていないのだ。おなじみのダンキンドーナツを探したが見当たらないので他の適当なカフェに入ってハムエッグトーストを頼む。

一方、Kちゃんは宿でひとりで朝食をもらって、みんなの到着をまっていた。全員がそろったところで宿のかたが親切にもジュースを提供してくださった。ジュースをもらって、みんなでわいわい近況報告をしあっている間に、国際送金を受け取れそうな場所とアメリカンエキスプレスのオフィスをネットで検索する。

「Western Union」の契約店のなかに旅行代理店があるのを発見し、早速電話をかけ受け取り金額をつげると用意をしておくので午後2時までに来るように言われた。ボストンのアメリカンエキスプレスのオフィスのほうは、電話をかけたが誰も出なかったので、ニューヨークでしたように観光案内所で相談する事に可能性をつなぐ。早速出発だ。

全員を路面電車に乗せてボストン市内中心部へとむかう。今日はチャイナタウンを見てから、ごま団子でも食べようと提案する。Kちゃんがみんなにごま団子がどれほどおいしいのかを説明している。チャイナタウン近くの地下鉄駅で電車をおりて地上にあがる。

目的の旅行代理店はすぐ近くのあたらしいビルディング内にあった。生徒には店内で座って待ってもらう。先程電話をした者だと伝え手続きをする。身分証明をし書類を1通書くと、店員はもうお金を数えだした。百ドル札が十数枚、ライフラインが繋がる瞬間だった。

ニューヨークで危険な野宿をしなくて済むし、このボストン旅行ですこしは楽しい事ができる。妻がこの日本では新しい送金方法を発見してくれたおかげだ。妻すごい、えらい、男前。こんなに感謝したのは、ある日のこと僕が無職でおうちでゴロゴロしていたら結婚してくれたとき以来じゃないか?早速日本に連絡してお金を受け取った事を報告した。

向こうも心配で具合が悪くなるほどであったという。心配と迷惑をかけたことを詫びる。ボストンと生徒達の写真をたくさん撮ってくるように言われる。

チャイナタウンは10年前とくらべて規模が縮小しているように思えた。知っている店もほとんど残っていなかった。どこかに引っ越ししたのか、やめてしまったのか。「餅店」でごま団子をもとめたが、売り切れているところが多かった。時間的に一度なくなってしまう頃なのだろう。4軒目でようやく購入できた。

ボストンコモン公園に移動して木陰のベンチで団子を食べる。公園内では日焼けを兼ねてなのか、芝生の上でレジャーシートを敷き本格的に眠っている人を散見する。安全な街だ。

観光案内所は名物フリーダムトレイルの線上にあり、ボストンコモンの端からたどって行く事ができる。団子を食べ終えて出発した。フリーダムトレイルの赤いラインは独立戦争のきっかけとなった場所や、アメリカ建国に関わった重要な史跡をめぐっていくのだが、知識の無いものにとってはあまり楽しめない。サミュエル・アダムスのお墓の前あたりで、みんな早くも飽き始めているのがわかった。まあ当然と言えば当然だ。逆に日本で外国人が板垣退助の墓でも見たところでなんと思うのか。

観光案内所でトラベラーズチェックを換金してもらえそうなところを探してもらったが、あいにく休日で休みのところばかりであった。ボストンでは週末は休むのである。

クインシーマーケットをとおり以前とおなじコースでノースエンドを目指す。前回と違っているのは昼食前でお腹がすいている事。つまりおいしいものを目標としているのだ。

ハノーバー通りに面して、その小さなレストランがたたずむ。知る人ぞ知る海鮮スパゲティの名店である。10年前にいた料理長はそのまま厨房にたっていた。狭い店内は小テーブルが5つしかなく、すぐに満席となってしまう。店の前で順番を待つのは承知である。店内からおいしい匂いのする中、生徒達が歩道上で授業でならった踊りの一部を披露しあっていた。15分ほどで順番が回ってきて店内に入り席に着く。

定石となったカラマリイカのフライ、白ワインのカラマリイカ・スパゲティ、赤ワインのエビ・スパゲティ、そして名物イカスミ・リングイーニをいただく。食材の新鮮さ、パスタの絶妙な茹で加減、海の香りを存分に閉じ込めたソース、そして特にイカスミパスタのもちもち感。すべてはこの小さな店でのみ揃えられる楽しみ。給仕係はとても快活な若い男性で、料理を出す際に「めしあがれ」と日本語で言ってくれたのに、そのときの生徒達は食欲に支配されていて誰も気づいていなかったようだ。

大満足で店を後にする。実はもう一軒、寄っておきたい店があった。カプチーノとティラミス・ケーキが有名なカフェだ。昼食をお腹いっぱい食べた後なので、別腹とはいえ、おやつまでには少し時間と運動が必要だ。

ノースエンドを縦断するフリーダムトレイルを再びたどり丘を下ると、古い鉄橋にさしかかる。昔は船の通行時に稼働したはね橋であり、今も足下には鉄網ごしに水面が見える。炎天下の中この橋を渡りきり、港沿いにしばらく歩く。この距離を歩き、誰ひとりとして疲れた表情を見せないのは、この4週間鍛えられた証拠なのか。

港の一角に200年以上前に建造された木造帆船「コンスティテューション号」がいまも浮かんでいる。世界最古の航行可能な帆船であり、アメリカ海軍の現役艦である。見学には軍施設に入らなくてはならないので、金属探知器等の厳重なセキュリティーチェックを経る。見学は無料だ。

甲板上に立ちみんなで写真をとる。Mちゃんが赤と白の縞縞シャツを着ていたので、さながら下っ端船員のように見える。先込め式の大砲や、大きな巻き上げ機、二重の操舵輪など、ここでは歴史の一部を肌で感じる事ができるのだ。

また同じ道をあるいてノースエンドの丘を登る。目指すはイタリアン・カフェーである。甘いおやつである。映画「ゴッドファーザー」でおなじみの薄暗いカフェ内に入ると、意匠をこらした内装が以前のままであった。アールヌーボー調の鉄柵やイタリアを描いた壁絵、古い白黒写真。名物ティラミスと生徒達はジュース、僕はカプチーノを注文する。子供にはエスプレッソはまだ無理だ。本物のティラミスはやはりおいしかった。本来は荒削りで力強いケーキなのだ。カプチーノも妥協無く鮮烈なものであった。

生徒達が1セント玉を加工する記念コインの自動販売機を発見した。やりかたを説明すると全員がこのカフェのロゴ入り記念コインをつくった。お茶の時間の会話は、何やら学校の男の子達のことになっているようだった。僕は遠慮して聞かないようにした。これは女の子の世界の話なので立ち入るべきではない。

薄暗がりの店奥から見る明るい表通り、色あせたなつかしい置物、もう100年近くも時間の停止した店内を堪能し、また出発する事にした。僕1人だと3時間くらいはいるのだけど。

ここからだと、ニューイングランド水族館が徒歩の距離にある。海沿いにヨットハーバーを抜け、ホエールウォッチングの客船をみてから水族館にたどりつく。ここで入館料にトラベラーズチェックを使えば、おつりとして現金が手にはいるはずだ。ボストン組は自分達でトラベラーズチェックとパスポートを手に支払いの手続きをしている。

時間はかかったがなんとかチケットを購入し、現金もできたようだ。閉館まであと1時間とせまる時間帯で、ホエールウォッチング後の客がイライラしながら待っていたようだが、黒シャツ色眼鏡の僕が腕を組んで仁王立ちになっていたので誰も文句は言わなかった。

生徒達にとって水族館は1時間もあれば十分な見物だ。世界の魚の展示を見てから、中央の水槽を取り巻く螺旋階段を下る。2メートル以上もあるサメやこの水族館のマスコット的存在であるウミガメにも遭遇で来た。なにより暑い日差しの中を歩いた後に気持ちのよい清涼となった。この日は、サマーダンスプログラムの週末課外活動でもホエールウォッチングと水族館の遠足となっていたらしく、ニューイングランド水族館の前には、ボストン組の生徒達が普段送迎に乗せられている黄色いおなじみのスクールバスが停車していた。これに乗せてもらって寮に帰る事も出来るかもしれないけれども、今日は最後にもう一つ東海岸名物を楽しまなくてはならない。

ニューベリー通りの西端まで地下鉄で移動し地上に上がり、出口専用の回転柵をくぐると、すぐ右手に「ベン&ジェリー」アイスクリーム店がある。味のバリエーションが多いのも特徴だが、まずは基本のバニラを試さなくてはならない。それぞれにアイスクリームを注文し、人であふれる店内を出る。この店の表の歩道には段差があって、ボストンの学生達はここに直接腰をおろしてアイスクリームを食べるものと決まっている。これをせずにボストンを訪れたとは言えないのだ。道に座り込むことは、少し行儀の悪い状況ではあるが、医学生や法学生も、絵画や楽器をかついだ学生もみんな一緒に座るのは、学生に寛容なボストン市ならでは風景である。

食べ終えて日暮れの時間もせまって来たので、ニュートンセンター駅まで路面電車に乗る。駅隣のタクシー会社はみんな出払っているようで待っても人が帰ってこなかったので、あらかじめ調べておいた近くのタクシー会社に電話をしてタクシーを呼んでいると、偶然にも大学のシャトルバスがやってきた。

ボストン組とはここでまたしばらくお別れだ。慌ただしくバイバイをして、バスを見送る。生徒達はバスが木立の向こうに消えるまで車内からこちらに手を振っていた。

我々も宿にもどる。今日は高カロリーな一日だったので、もう何も食べずに就寝するほうが良いだろう。Kちゃんにおやすみを言ってから、しばらく日本に電話をする。とにかくこちらの安心を伝えたかった。おかげで楽しいボストンの休日となったのだから。明日は何をしようか。
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テーマ:バレエ - ジャンル:学問・文化・芸術



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