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北米バレエ留学についていった話
京都のはずれにある小さなバレエ教室からいきなり4人の生徒がニューヨークとボストンにバレエ留学をすることになり、教室の先生の配偶者である甲斐性なし旦那が生徒達を引率してひと夏を見守ることになったのだが…
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妻(元バレリーナ)が拾ってくれなかったら、僕はとうの昔に大西洋で魚のエサになっていただろうな。いまは小さなバレエ教室の隅っこで日々たのしく暮らしています。もう大丈夫。



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ひとり楽団
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今日はKちゃんをいつもより30分早めに送って行くことになっていた。なにやら仲良しな友達と授業前にスターバックスに行くことになっているらしい。今朝の作業は昨日のうちに片付けてしまっていたので、あまりやることがなくインターネットでニュースをチェックしたりして過ごした。

時間になりKちゃんをABTに送ると他の2人もまもなくやってきて3人で仲良くスターバックスに向かうようだった。

一度宿に戻り朝食をとってから今日の予定を考える。先日訪れた近代美術館の他は自然史博物館とメトロポリタン美術館以外にさりとて行きたいところが無い。ブランドものを買いあさる甲斐性もなければ、この炎天下セントラルパークを散策できる体力も無い。地球の反対側まで来ているのに、今一番の関心と言えば、「祇園祭がもう始まるな」である。コンコンチキチンと浴衣のおねいさん達である。

宿で寝ていてもしようがないので、本場のオカマでもみてくるかと一念発起して、地下鉄に飛び乗りチェルシーという地域をめざした。一昔前はオカマと芸術家が多かったのだが、近年の土地価格の高騰によりその方々もブルックリン方面へ移って行ったということだ。しかしそれでも、画廊や倉庫をテナントとしたお洒落店などが多くあり、オカマもまだいて、有名ブランド店の出店も相次ぐ第2のソーホーといった様相になってきたらしい。

14丁目駅から地上にでて、ハドソン川方面へ足を進めると、そこが昔の港の倉庫群であったことがわかる。チェルシーマーケットを見たので後で立ち寄ることにして、どんどん進むと目の前に鉄道用とみられる高架があらわれた。マンハッタン島に高架鉄道があったのだろうか?これへ上る階段とエレベーターもあり興味にかられて登ってみることにした。

地上3階くらいの高さの高架上に立つとそこはさながら空中庭園であった。鈍重な鋼鉄の骨組みの回廊がビルを貫き大きく弧を描きながら大小の古いれんが造りの街並に分け入る。その回廊上には色とりどりの半野生の植物が群生し、人が歩くことのできる石造りの道がうねり、かつて車両が通っていたことの名残をしめす線路が見え隠れする。木のベンチがところどころに取り付けてあり、なかには線路上を車輪で移動できる構造のベンチもあった。産業の退廃と自然による再浸食を表現しているようで、この光景はまさにポスト・スチームパンクを体現するものと感じた。

案内板には、この回廊はハイラインといい、かつては食品を中心とした貨物輸送用に使用された高架鉄道であったと書かれている。流通の形態の変化とともに使用されなくなってから長らく荒廃するがままになっていたのだが、近年再開発を望む声が高まり徐々に緑地として改造が加えられているのだ。ミッドタウン方面へ続く線路はまだ半分以上が工事中で立ち入り禁止となっている。完成後は街をつらぬく空中庭園として観光名所となるのだろう。

工事柵を手前に階段をおりて、ふたたびあてもなくこの倉庫街をうろうろしていると、倉庫を改造した何軒かの画廊が目に入る。絵画や彫刻を展示するそれらにあまり興味もわかず、歩を進めていたのだが、とある1軒の画廊の中に興味深い造形を発見した。

やっと、とうとう、本物の純正培養のバカに出会った。ティム・ホーキンソン「ひとり楽団」だ。この場合の「バカ」は英語の「クレイジー」「バッドアス」同様、最高の賛辞だ、あしからず。ここに展示されているのは造形作品などではなく、純粋な「装置」だ。工作機械のコンベンションといえば雰囲気が似ているかもしれない。しかし、こちらの展示物がそれら商品見本市と異なるのは、これらはまったく役に立たない装置だからだ。その存在に目的のない機械だ。

二股にわかれた古木に無数のビーズを通した紐が這い回る。木の先端には笛が取り付けてあって、その笛に空気を送り込むチューブと音程を調節するクランクがつながっている。無数の滑車をめぐる紐がモーターによって循環し、その紐に取り付けられたビーズがスイッチを通過するたびに笛に空気が送られ、クランクが動く。音程の調節と発音が同期するため、発せられる音は大小の鳥達のさえずりのように聞こえる。ただし大変やかましい。電気代の節約のためか人が近づいたときだけ動作するように、電源部に動体センサーがついていたが、これには嫌々取り付けさせられた感がただよう。ビーズの個数とそれぞれの間隔によってこの装置の発音のタイミングがプログラムされているのだ。ビーズのある部分がオン、無い部分がオフであるから、この装置は2bitバイナリー命令によって動作しているといえる。この古木を使った理由も、長い紐を使った記憶媒介の固定に好都合であるからで、またその木が製作者の身近に転がっていたからに違いない。

また別の装置は記憶媒介に大昔の電子計算機に使われたような穴あきのロールペーパーを使用しており、前の装置にくらべて少々先進的ではあるが、それが動作させている部分はモップに先にくくりつけられたペットボトルに空気を送り込むコンプレッサーと、ペットボトルに張り付く発音弁の調節クランクだ。記憶装置の先進化によって、発生される音もかなり複雑になり、あたかも人の会話にように聞こえる。ただし大変やかましい。

画廊の中央に天井からぶら下がる白いクラゲのような物体は、それぞれの触手のさきから水滴を落とすようになっていて、その水滴は下に置かれたバケツの表面を叩く。このタイミングも、表面に銅板を無数に貼付けたペットボトルを利用した回転ドラムを記憶媒介として調節されており、様々な音程の雨だれの音が流動的なリズムをきざむ。ただし大変やかましい。このクラゲに見える造形部分は、この装置の本来の目的とは関係ないが、今回の展示会のために用意された飾りであり、製作者なりの精一杯のサービスであったのではなかろうか。

人の役に立つことも無く、ただひたすら存在するためだけに働く機械。であるからこそ、その機械に個性や人格を感じ愛おしく思い始める。これは動物や人間に類似するモノだ。これらが無料で見られたこと、「すごいなぁ」と悶絶しながら写真をとりまくっている日本人を追い出すこと無く、生暖かく見守ってくれた画廊の人に感謝しつつ外に出た。

ハイライン回廊にもどって木陰でお昼ご飯を食べてから、チェルシーマーケットに向かった。ここは旧ナビスコ食品工場を改築した市場だ。昔の工場の構造をうまく残しておしゃれ内装にしているのだが、すこし白々しい感じもする。そこにある多くの配管やバルブが装飾目的であり実際には作動していないからだ。機能のない装置は抜け殻同然であり、あまり魅力を感じなかった。

時間になったのでABTに向かう。Kちゃんはこれからお友達と食事だ。食後は宿泊先まで送ってもらえる。僕は報告の電話を待つだけでよい。お友達とそのお母様にお礼を言う。宿にもどる。今夜でこの宿ともしばらくお別れだ。スタッフの皆さんも宿泊の環境も申し分ないのだが、この宿泊施設の性質故か2週間以上の滞在は認められていないのだ。

明日は11時半に集合して、バレエ公演を観に行くことになっている。
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テーマ:バレエ - ジャンル:学問・文化・芸術



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