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北米バレエ留学についていった話
京都のはずれにある小さなバレエ教室からいきなり4人の生徒がニューヨークとボストンにバレエ留学をすることになり、教室の先生の配偶者である甲斐性なし旦那が生徒達を引率してひと夏を見守ることになったのだが…
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Author:引率の者
妻(元バレリーナ)が拾ってくれなかったら、僕はとうの昔に大西洋で魚のエサになっていただろうな。いまは小さなバレエ教室の隅っこで日々たのしく暮らしています。もう大丈夫。



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念願のヘリコプター
0707.jpg

昨晩は宿に戻ってから洗濯ついでに遅くまで作業をしていたので、本日はいつもよりは少し遅めの7時に起床する。妻からのメールはまだない。しかたがないので、二度寝してしまう危険もあったので早々と宿を出る。

途中でトイレをさがしてうろうろしたりしたので結局いつもの集合時間の8時半にKちゃんの宿泊先前に到着した。今日はABT到着後に仲の良いみんなでマフィンを買いに行くらしい。また今日の終業時間が6時半と特別長い日だということもあって、Kちゃんは栄養補給のためにランチバッグに日本のお菓子を忍ばせていた。

Kちゃんを送り届けてから宿に戻る。刺すような日差しの中で、もう街が陽炎を上げ始めている。宿で朝食をとっていると、仲良くしている宿泊客のレイさんとワークアウトの話になり、昨日のスピードボールの叩き方について講義をうける。なんだか出来るような気がしてきた。メールはまだない。本日の行く先は「ニューヨーク近代美術館」と決めた。こんな気持ちの時は現代美術なるものを斜に構えて見てやろう、震えて待つが良い。

宿を出て徒歩で美術館へ向かう。ロックフェラーセンターに隣接する近代的な建物で、外からでも中庭の彫刻群を見ることができる。朝ということもあってかチケット売り場には行列ができていた。古典美術などの美術展への行列は、目にする対象の明確さからか、待ち人の様子は料理店に前に並ぶ人々の様子に近い。対して、近代美術への行列は、はたして対象を理解しその入場料に見合った満足を得ることができるのかという不安をともなうので、デパートの開店前に並ぶ人々のそれに近いと感じる。期待と不安の入り交じった表情ながら、それでも美術に対峙するために高尚という体で取り繕うとする様子だ。

チケットを買い入場する。もうすでにその前後あたりで彫像、絵画、音、映像といった作品が視界に飛び込んでいて、有料の空間への移行があやふやなのが良い。結局言っていることが高尚すぎてほとんど使わなかったけれど、日本語音声ガイダンスの携帯機器をレンタルする。身分証明書と引き換えに無料で貸し出しているものだ。

ロダンの彫像を左に見てから2階へのエスカレーターに乗る。正面に巨大な白黒の切り絵のような作品が広がった。牧歌的な情景を描いた絵本の挿絵のような構図であるが、近寄ってよく見ると中学生男子が校舎の裏にこっそり描いたような下世話で低俗な主題であった。その前で車座になって、神妙な顔つきでこの作品の説明を受けている現地の高校生くらいの集団があったが、実際誰もが脳裏に「便所の落書き」がよぎったことであろう。僕がその集団にまぎれて手をあげて「先生、ち○こ!」と発言してあげられるならば、この居心地悪そうにしているガキどもはさぞや救われるだろうにと歯がゆい思いにとらわれたが、美術館からつまみ出されるのがオチなので、そこは耐えてみせた。まだ入場したばかりなのだ。

アメリカの現代美術のとりわけニューヨークになじみ深い人々の作品をあつめた区画からながめ始めたのだが、その作品群に囲まれると普段自分が生活しているニューヨーク市の街の色彩と規則性、もしくは「におい」を感じることができ、この腐臭あふれる街も予定調和のうえに作り出されていることがよくわかった。つまりここに自作品を展示することのできる幾人かの「選ばれた人」がニューヨーク市の情緒的なスタンダードを定めており、世界の最先端ニューヨーク市で「芸術」を生業にする者達はそれにうまく折り合いをつけていかなければならない。

そのスタンダードとは思うに「ままごとなる反体制」ではないか。空調の効いた高級高層アパートから眼下に道行く人々に向けて民衆の決起をよびかけ、人々はありがたくそれを拝聴しなくてはならない。わからないことはバカであるがゆえに許されるのだが、そぐわない者は「時流に乗れない者」として排除されてゆく。息苦しきことこの上なし。ゲイ、移民、低所得者、その他社会的弱者の発言を後押ししているかの様に見えるが、その実、それらは「選ばれた人」の飯の糧であり、多ければ多いほど好都合なのである。

不安が社会悪を増長しているのだから、平和、自由、人権を唱えるのであれば、絵の具代や粘土代の一部でも、きちんと福利厚生をする優良企業に投資してみればどうか?実行力の無い題目を高らかに唱えるのは、ひたすらに自己肯定のための作業、もはや「反体制カラオケ」である。そこに傷つく者はおらず、責任を負う者もいない。芸術によって社会が変わるのではなく、これはもはや社会によって食べていける芸術が選択されているのである。主張する芸術とは笑止千万なり。このえらい人達には「だからもっともっと無駄なことをしよう」「世界で一番くだらないことをして人を笑わせた奴が神様だ」と提言したいけどもったいないからしない。

しかし、メディア展示の区画はこれとは対照的で素晴らしかった。白くぎこちないヘリコプターが異彩を放つ。近寄ってよく見るとすべての造形が機械的な必要性を達成していた。つまりこれはただ鑑賞するモノではなく、使用するもの、つまり実用品である。エンジンが外されているものの本物の手作りヘリコプターである。ベトナムの農民Le Van DanhとTran Quoc Haiによって開発され、いくつかの部品については実機の転用とはいえ、おそらくベトナム初の国産ヘリコプターである。

二人の農民は学校で航空工学を学んだわけではなく、軍基地に飛来するヘリコプターをつぶさに観察してその構造と理論を理解するに至った。飛ぶことへの夢、これは人類共通のあくなき願望であり、とりわけ少年達の信仰ともいえる課題である。その夢を抱き続けて成長し、日々の農作業のかたわら研究と実証をくり返し、とうとう機体まで作り上げた者、この二人の農民は世界中の男の子の星だ。

その隣ではアメリカとベトナムの両国に在住する映像作家Dinh Q. Leによるこの機体についてのドキュメンタリー様式の映像作品を上映していたが、これははっきり言って蛇足であった。ベトナム戦争の記録映像と二人の農民、戦争を記憶する老人達のインタビューを3画面に交互に見せて、社会派の現代芸術を披露しているのだが、この手作りヘリコプターの本質は、少年達の夢や願望であり、つまるところそれは科学的な探究心である。リリエンタールのグライダー、ゴダードの液体燃料ロケット、ハワードヒューズの巨大飛行艇、等々、これらは大人になりきれなかった大きな子供の壮大な「やらかし」であり、それが現代の工学の礎となっていくのである。だからつまらない芸術表現や主張とやらでこの鬼気迫る科学の塊を汚さないでほしい。この純粋な夢をもつ二人の農民を飯の糧にすることは恥ずべきことだ。

このヘリコプターの初飛行はまだかなってはいない。この二人の農民はその生真面目さ故か、この機の飛行許可をベトナム政府に申請し、今日も受諾を心待ちにしているのである。

その他、この美術館における定番の展示については斜に構えてみられるものではないし、語り尽くされていることなのであまり書かない。しかし、幼い僕の心象風景の構成要素の一部であるアンドリュー・ワイエスの精巧な筆遣い、シャガールの色彩、ダリ、フリーダ・カーロらの作品を実際に目の当たりすると、絵画から感じるあまりの気迫と、とうとう現物に出会ってしまったという衝撃で涙がポロポロ出てきそうになるのを堪えるのに必死だった。この人たちはくだらない主義主張などを振りかざすこと無く、好きな絵を描き、頼まれたら喜んで描き、それが唯一の生業であるから描き続けたのだ。

シャガールやクリムトの作品の前でならおなじみの感極まった見物客で済まされるものの、「記憶の固執」のキャンバスがあまりに小さかったので「ちいさいなぁ」と驚き、「フュランチャンと私」の猿の部分をみつめては「可愛いなぁ」と涙するのはあまりに異様なので控えるのがよろしかろう。

美術館を堪能し入場料20ドルの価値は十分にあったと大満足で宿にもどる。ここで受付スタッフと僕の宿泊予定の調整をし、規則違反となっていた宿泊日程をキャンセルしたり、新たに別の宿を予約したりした。いくつかうまく行かないこともあったが、なんとかなるだろう。

6時半のKちゃんのお迎えのあと、夕食にサンドイッチを食べて、買い物をし解散した。明日は8時半集合。
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テーマ:バレエ - ジャンル:学問・文化・芸術



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