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北米バレエ留学についていった話
京都のはずれにある小さなバレエ教室からいきなり4人の生徒がニューヨークとボストンにバレエ留学をすることになり、教室の先生の配偶者である甲斐性なし旦那が生徒達を引率してひと夏を見守ることになったのだが…
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Author:引率の者
妻(元バレリーナ)が拾ってくれなかったら、僕はとうの昔に大西洋で魚のエサになっていただろうな。いまは小さなバレエ教室の隅っこで日々たのしく暮らしています。もう大丈夫。



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夢の場
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ボストン二日目はいつもより遅めに起床して、身支度の後リビングルームでiBookを使って写真の編集と送信をこころみた。無線LANにつながらないので悪戦苦闘していると、ここに住む猫さんが挨拶にきてくれた。こちらをみてニャーと鳴くので体を一撫でしてやると廊下の方に戻っていった。

生徒達が順に身支度を済ませてリビングルームに集まってきた。久しぶりの広く静かな環境で、よく寝られたようだ。宿泊先が朝食を用意してくれるというのでダイニングルームに移動すると、あたたかいオムレツと4段積みのパンケーキ、冷えたスイカが2切れ用意されていた。ケチャップの乗ったオムレツにはウォータークレスが添えられており、久しぶりに家庭的な朝食の色彩を楽しむことが出来た。

荷物をまとめ宿のオーナーにお礼を言ってから路面電車の停車場にむかう。いよいよボストン・バレエ学校に入学する日が来たのだ。電車が来ると生徒達を前方の乗車口から乗せ、同時に降車のために開いた後部ドアから車内にスーツケースを放り込む。支払いを済ませた生徒がすぐに車内からやってきてスーツケースを定位置に固定する。乗車口にとってかえし自分の支払いを済ませて、生徒達のもとに移動する。打ち合わせた振付けどおりだ。電車は途中乗り換えをしてボストン市に隣接するニュートンをめざす。古い木造住宅がまばらに建つ林の中を縫うようにしてこの一両編成の路面電車がはしる。

ニュートンセンター駅は商店のたちならぶ小さな市街地のなかにあった。とはいってもここには3層以上の建物は少ないようにみえる。ここからはバスかタクシーによってボストンバレエの生徒達が滞在するマウントアイダ大学のキャンパスまで移動しなくてはならない。

車の走る大通りまで移動して、バス停から少し離れたところでタクシーを待つ。向かい側には石造りの教会要塞がそびえており来るべき決戦の日に備えてアーカム方面に目を光らせている。

最初に止まったタクシーは車両が大型のバンであったため、運良く全員が同時に移動できるかと期待したが、そのギリシャ系運転手が法外な追加料金を要求してきたので断る。タクシーの台数は少ない。休日に生徒達だけで寮からこの停車場までやってきて帰っていくことは実際難しいのではないかとも思う。次に止まったタクシーは小型のバンであったが、こちらの荷物と人員の量をみて首を振り通り過ぎていった。土曜日のバスは一日4本。日曜日は無い。

どこかこのへんの雑貨屋でタクシー会社の電話番号を聞き出して呼んだ方が早いのかもしれないと思い始めたとき、先ほどの小型バンが戻ってきた。なんとかやってみると言うのだ。小型のバンに乗客5人を乗せると荷物を積むスペースがほとんどなくなる。スーツケースを座席と後部ハッチの間に無理矢理はさみこみ、さらにふたり掛け2列の座席の間にも直立させる形で納める。生徒達がそれらケースと座席の間に体をねじり込んで、両側からスーツケースを支える形となり、なんとか全員が車内に収まるかたちとなった。子供ほどの重さのスーツケース3個に子供が4人、運転手を含めておとなが2人。小学校の通学バスか家族経営のサーカス団さながらの様相だ。タクシーは静かな朝のニュートン市街を走り出した。

窓の外を通り過ぎる家々はすべて広大な庭つきであり、いずれも正確な長さに剪定された芝生を備えている。納屋には庭仕事に使う農機具が秩序立てて収納されているのが見え、正しいアメリカの一般家庭の姿がここにはあった。

マウントアイダ大学は広大な敷地の中に校舎と学生寮が適度な距離をあけて点在し、フットボール競技場やテニスコート、プールがその起伏のある芝生と森の中にある。ボストンバレエ・サマーダンスプログラムを受講する生徒のうち年齢の低い者はこの大学寮に住むことになっている。寮は窓の広い近代的な建物だ。

タクシーを降り少し多めのチップを払い寮内に入ろうとすると、スタッフの男女が飛び出してきて扉を開けてくれた。「ようこそ!ボストンバレエ・サマーダンスプログラムへ」

違和感。そのすてきな満面の笑顔と滞りなきもてなしぶり。明るい日の光のさしこむ受付とこの日のために用意された手作りの案内、飾り、名札。ここは学童保育所か?寮内には、日本語を話すことの出来るハーフのスタッフおねいさんがおり、生徒全員を期間中滞在することになる部屋まで案内してくれた。シングルのベッドを3つ横置きにしても十分な広さのある部屋の窓は床から天井まである大きなもので、そこからプールとテニスコートが見えた。シングルベッドに接して机がそれぞれ並べられていて、反対側の壁には3つのクローゼットとタンスが備えられている。案内してくれたおねいさんにお礼を言って、ボストン組の生徒達にスーツケースから荷物を出しタンスと机にしまうように言う。

事前にベッドメイキングができるかをたずねた時に全員が「できる」と答えていたのだが、ふと心配になったので今からやるように指示した。

結果は散々であった。ベッドメイキングとはお布団をたたむ程度のことと思っていたようだ。マットレスカバーと掛けシーツの違いもわからなかった。すぐにベッドメイキング講習会を開かなくてはならなかった。すべては手順であり正確さが必要だ。朝の忙しい時間にいかに短時間で完了できるかは練習が必要だ。

すべての荷物を収納し、空になったスーツケースをベッド下に収納したころに、部屋の扉にノックがあった。空けてみると金髪の二人組の女の子がいた。隣の部屋に滞在する子供達で、もう片付けが終わったのか挨拶に来てくれたようだ。全員英語で自己紹介をしてお友達になった。もう僕たちは別れる時間だ。

最後に3週間後にまた来ることをつたえ、常に背筋を伸ばしているように言った。建物前で記念撮影をしてから、スタッフの人にタクシーを呼んでもらった。タクシーを待っている間に、生徒達と先ほどの女の子ふたりが連れ立ってカフェテリアのある建物まで歩いていくのがみえた。なにやら楽しそうに笑っている。もう英語が喋れるのだ。

ニュートンセンター駅からボストン市内に戻り、Kちゃんとお昼にドーナツをいくつか買って、バックベイ駅近くの公園の木陰でそれらを半分ずつにわけて食べてた。

ニューヨーク行きのアムトラックに乗る。ふたたび時間が動き出すのがわかった。心臓を通過する血液が粘性を強め、動悸がはげしくなる。喉から血の味が昇ってくるのを飲み込む。

ペンシルバニア駅を出て、腐臭のたちこめる濁った視界のニューヨーク市街を歩いていると、現実という時間の中に今確実に生きていることが手づかみでわかるような気がしてきた。10年前にボストンで過ごした4年間、現実という宿命に立ち向かう日を可能な限り引き延ばすために、日々ただただ音と数式のラビリンスを彷徨っていたことを思い出した。

あちらは彼岸だ。Kちゃんも同じように感じると話してくれた。

Kちゃんとスーパーマーケットで夕食のお惣菜を買ってから、宿泊先前で別れた。明日は8時半に集合。また戦いがはじまるのだ。
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テーマ:バレエ - ジャンル:学問・文化・芸術



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