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北米バレエ留学についていった話
京都のはずれにある小さなバレエ教室からいきなり4人の生徒がニューヨークとボストンにバレエ留学をすることになり、教室の先生の配偶者である甲斐性なし旦那が生徒達を引率してひと夏を見守ることになったのだが…
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Author:引率の者
妻(元バレリーナ)が拾ってくれなかったら、僕はとうの昔に大西洋で魚のエサになっていただろうな。いまは小さなバレエ教室の隅っこで日々たのしく暮らしています。もう大丈夫。



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自然史博物館
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帰国を明日に控えて今日がニューヨークで自由にすごす最後の日となる。かねてからこの日にニューヨーク自然史博物館を訪れようと予定し、たのしみにしていた。なにしろあの映画「ナイトミュージアム」の舞台となった場所で、映画の中で元気いっぱい暴れまわっていた展示品の数々が普段はおとなしく鎮座し見学客を見下ろしているという。

前日は、このニューヨーク・ボストン夏季バレエ留学の最後にして最大の見学イベントを前にして僕は楽しみで楽しみでよく眠れなかった。あと昨夜からの新しいルームメイトがオーストラリアから来た美人だったので、いつものように極彩色馬鹿夢をみて寝笑いなどしてしまいやしないかと気が気でならなかったということもある。

博物館に向かう前に、みんなでタイムズクスエアに向かい日本に持って帰るお土産をさがすことにした。何度かタイムズスクエアを往復するうちにお土産のイメージが固まっていたので、向かう先を二軒に定めた。「M&M’s」と「ハーシーズ」である。どちらもアメリカを代表するお菓子メーカーで、毒々しく色とりどりで高カロリーなマテリアルを純粋無垢な子供たちにインストールしようと待ち構えているのだ。「M&Ms」で、生徒達はこの夏の記念にとおそろいのネックレスを買っていた。おなじみの原色の丸チョコを模したストーンのついた銀チェーンであった。

次に道を挟んで「ハーシーズ」に移動して日本の同級生やバレエのクラスメートへのお土産をさがす。お菓子の詰め合わせであれば、後で解体し小分けにして配ることが出来てとても経済的だ。生徒達がバケツ入りのチョコレートを選んでいる間に、僕はアイコ先生のための「トゥイズラー」というシロモノを購入した。これは赤や青のブラスチック状のチューブを何本も束ねた核燃料ペレットの様な物体で、長さにして25センチくらい。もちろん食すことができるのだという。ヒューマノイド用の固形エネルギーチップなのではないかとひそかに疑う。となればこの10年以上をともに暮らしたあの人はやっぱり人造人間もしくは高度に擬体化の進んだナニモノか。大量のその燃料ペレットを「ハーシーズ」オリジナルの布袋に押し込んで生徒達の買い物が終わるのを待つ。

チョコレート製品がつめられたバケツを抱えて、Mちゃんは突然体調が良くないと言うので、大急ぎでみんなで宿泊先にお土産を運びしばらく休んでいてもらうことにした。帰国の飛行機に乗り十二時間以上も狭いキャビンでドナドナするのは明日だから、それまでに体調は万全にしておかなくてはならない。

宿に戻りふたたび3人をつれていよいよニューヨーク自然史博物館に向かう。ポートオーソリティーからアップタウン方面にむかう地下鉄に乗る。帰国を明日に控えているのに、今日もまた地下道を通ってあの「暑い、暗い、臭い」大量輸送手段に乗り込むのである。郊外のお花畑のなかでひと夏を過ごしたボストン組にとっては久しぶりの鋼鉄都市だが、とても楽しそうで足取りも軽い。黒い排気ガスを撒き散らしながら道行く車も、鉄とコンクリートの外壁にツタ状に伸び広がる看板やネオンも、彼女らにとってはむしろ音楽的な事象として見えているのだろうか。

博物館前駅で地下鉄を降りて階段を上り地上へ出るとそこには古い堅牢な屋敷に近代的な鉄筋の構造物が寄生するかたちとなった施設があった。ニューヨーク自然史博物館である。

入り口は2箇所あるのだが今回は地下鉄駅に近い現代建築のエントランスから入館する。入館料を払い、館内に入ると目の前に巨大な球体とそれを取り囲む大小さまざまな球体が広がる。太陽と太陽系惑星を縮小比較する展示である。ここは宇宙の間。部屋の片隅にはつい先ごろまで火星地表でウロウロしていた探査ロボット「オポチュニティー」の原寸大模型が展示されており、大八車ほどもある意外な大きさに驚くと供に、映画「Wall-E」の主人公ロボットに似たそのユーモラスな姿と、実はその構造のほとんどをホームセンターで揃えられるという汎用性、そしてなによりその日用ガジェットが何億キロも離れたはるかかなたの天体で毎日がんばってお仕事をしていた事実に、純粋に「偉いなお前」と感動を覚える。

宇宙の誕生と広がりに関する途方もない説明はさておき、隣の部屋に移動すると、広く開放的な宇宙の間とはうってかわって、暗い重厚なその部屋は地質学の間であった。壁一面に様々な地層が厚く切り取られて積み上げられていて、部屋の中央には地蔵から大仏ほどもある数々の岩石が並べられている宇宙から地球へ、先ほどの入り口から入るとマクロからミクロへの段階的な移り変わりがあり、さながら地球に不時着した侵略宇宙人になった気分だ。

展示を眺めながら進むともうひとつのエントランスの間が見えてきた。中央に受付カウンターがあり映画「ナイトミュージアム」の象徴的な風景そのままであった。

エントランスをはさんで反対側の部屋には広大な生物学の展示が広がる。その生態の環境ごとに細かく分類され、そのいくつかは実際の環境を模したジオラマの中に剥製群が並ぶ。膨大な数のそれら剥製になるために死んだ動物の皆様には大変気の毒な思いがするのであるが、純粋な科学的な観点からつぶさにそれぞれの特徴について観察し、その大きさや構造について間近にみて驚嘆し、あるいはチーターくらいなら番猫として家で飼えるのではないかと真剣に考えてみたりするのであった。

動物の間の一番奥には人類とその起源について細やかな展示がある。人類も動物なのだから当然である。もっともここには人間の標本があるわけではない。展示の最初に初期の人類である「アウストラロピテクス」の化石とその原寸大の復元模型がご夫婦で立っている。背丈は小学生の子供くらいの大きさである。となりで陳列棚のあいだを興味深げに彷徨う生徒たちと比較しても、まだ小さいくらいである。この頃の人類の寿命は15歳くらいだったのだろうか。小さくても立派に狩をして、人類社会を構築して、家庭を守り、子を育てたのである。小学校中学年くらいには大人の仲間入りをして社会の一員として生存の競争を戦っていたのである。この人たちが立派な大人の一員であった頃、僕はまだ気合しだいでは「カメハメ波」的なモノが撃てるかもしれないとか真剣に考えていたのだから、恥ずかしいことこの上ない。

われわれ人類は本当に進化し発展しているのだろうか?生きる時間が長くなった分だけ無駄に馬鹿である期間が長くなっているのではないのか?しかしながら、そう考えてみると12歳ほどではるばるアメリカ東海岸までやってきて、知らない街で知らない人々と知らない言語で生活してきた生徒達は立派なヒト科ヒト属であると報告申し上げて良い。展示されている何十万年も前の我がご先祖様たちの様々なご遺骨に手を合わせオノレの不肖ぶりを詫びたり、お盆にはこの頃のご先祖から数えて何人くらいのご来客があの世からあるのかと考えて青ざめたりするのであった。

さらに上の階に進むと恐竜などの古生物の化石の展示がある。日本ではあまり見たことのなかったその爬虫類の化石のリアルなサイズに圧倒される。つまり大きすぎないことなのだ。日本人としてはどうしても恐竜とウルトラ大怪獣を混同してしまいがちであるが、実際はアフリカゾウやホッキョクグマくらいの草食肉食の爬虫類たちが地表を元気いっぱい走り回っていた。あのティラノサウルスとトリケラトプスや他の草食恐竜の大きさを比較すると、肉食恐竜の狩は容易ではなかったことがうかがい知れ、ちびっ子に大人気のティラノサウルスが実は大変残念ながらスカベンジャー(死体掃除)であったとの説にもうなずける。ここではかつての地球上の支配者達の生き様を多少なりとも感じることができるのである。

自然史博物館には民俗学の展示もあり、メトロポリタン美術館とならんで世界の様々な文化を見ることができる。わが国については現代よりも伝統的な日本について展示されていて、いまだに日本では忍者がそこいらに暗躍していると勘違いし憧れるアメリカ人を量産するのに一役買っている。とはいえ、これを見てもうひと月半も日本を離れる身としては、はやく故郷に帰り、御茶屋にでもあがってニシンの煮しめと水菜のおひたしを肴に、冷やで一献、都々逸のひとくさりもすれば鴨川沿いに眺める東山にかかる夕日とお寺の鐘がゴーン。「姉さん、姉さん」ポンポン(手拍子)。望郷の念にかられざるをえない。

館内の一番奥にはこの自然史博物館の事実上の御神体であるモアイ像が鎮座しておられる。この博物館に所蔵される古今東西様々な数十万もの物品に宿る残存思念、記憶、魑魅魍魎の類に今日も目を光らせ、どっかりとまとめ上げるビッグブラザーなのである。映画でも大活躍の御仁の前には参拝客が絶えないので、警備員がひとり張り付いて交通整理をするまでになっていた。我々も例に漏れず御神体の前で記念撮影をすることにしたが、この警備員がカメラのアングルから被写体のポーズにいたるまでいちいちうるさい。御神体が一番男前に写ることを考えての配慮であろうが、この「御神体好きすぎ警備員」もまとめて自然史博物館の展示物なのだろうなと理解した。

3時をまわったので名残惜しくもこの大博物館を後にすることにする。

セントラルパークを経由して宿に戻り、Mちゃんの様子をきくと、もう回復したとのことなので、全員であのイタリア料理店にニューヨーク最後の夕食をとりに出かける。

明日は8時に集合してJFK空港行きのハイヤーに乗ることになっている。
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テーマ:バレエ - ジャンル:学問・文化・芸術