北米バレエ留学についていった話
京都のはずれにある小さなバレエ教室からいきなり4人の生徒がニューヨークとボストンにバレエ留学をすることになり、教室の先生の配偶者である甲斐性なし旦那が生徒達を引率してひと夏を見守ることになったのだが…
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Author:引率の者
妻(元バレリーナ)が拾ってくれなかったら、僕はとうの昔に大西洋で魚のエサになっていただろうな。いまは小さなバレエ教室の隅っこで日々たのしく暮らしています。もう大丈夫。



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超一流のおかま
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5時に起床。だんだん起きづらくなってきた。時差ぼけを利用しての早寝早起き生活が危うくなってきたので気を引き締めなければならない。この二日間はあの京都市内のように蒸し暑かったニューヨークが嘘のように涼しい。これぞ僕の知る東海岸の夏だ。朝晩は少し冷えるので気をつけること。

Kちゃんと毎朝通り抜ける9番街と10番街をつなぐ地下トンネルの、その停滞する熱風の固まりに決死の思いで飛び込むこともなくなった。これでもう少し街がきれいになればさらに良いとおもう。ゴミはくず箱に。道にタン・つば・ガムを吐かない。一日一度はお風呂に入りませう。あたりまえのことができないのは人としてたいへん恥ずかしいことだ。

Kちゃんをおくってから宿泊先にもどり1時間だけ寝る。時差ぼけの揺り返しがこのあたりで出てくるようだ。

再び起きてからカフェテリアにいくと机の上にパンケーキが5枚乗ったお皿が置いてあり、メープルシロップやらコーヒーのポット、砂糖が置いてあった。これは食べてしまってもよいのでしょうか。昨日はなかった朝ご飯。今は朝ご飯の提供時間ギリギリの午前10時。もしこれを勝手に食べてしまって人のものだったりしたら泥棒になってしまう。しかしながら、その手作りの焼きたてパンケーキはたいそうおいしそうだ。

あたりをみまわしてから、せめて匂いだけでもとパンケーキに手をのばした時、厨房からこの宿のスタッフが出てきた。「もう朝ご飯の時間は終わりだよ。食べたいのなら早く食べてね。」全部食べてしまっていいんですか。そうですか。こちらの朝食は温かい手作りなのがうれしい。

大急ぎで食べた後にお礼を言って、ラウンジで今日の作業をする。アイコ先生にも電話、スタジオの状況等を聞く。ネコが電話の向こうでニャーとないた。

明日は夕食をおよばれする日だ。なにか手みやげと思ったのだが、日本から持ってきた「ようじや」のあぶらとり紙は早々と方々へあげてしまって、もう無い。Kちゃんが日本のお茶をもっているというので、それに加えるかたちでなにか用意がしたいものだ。ニューヨークには高島屋百貨店があると聞いていたので向かうことにした。

ガイドブックで場所を確認すると歩いていける距離だと判明。さっそく外出する。劇場街をぬけてロックフェラーセンターに入るとまた空気が変わった。世界有数の企業の集まるこの区画はGE社やNBCスタジオなどがある多企業複合体だ。タイムズスクエア周辺と比べると道は格段にきれいで物乞いすらいない。労働の何たるやを知る者は、むやみな施しはしない。もらった銀貨一枚で買ったパンは苦痛と怠惰の時間を延長するものに他ならない。必要なものは希望と学識だ。

セントパトリック大聖堂を右に見て左折しセントラルパークのほうに向かって歩く、昼食時なので道は大勢の人でごった返していた。高島屋百貨店のビルに近づくと「TAKASHIMAYA」のサインが見える。ここにはよろずの日本雑貨がそろっているのだろう。「ようじや」もあるかもしれない。

店内に入ると受付の男に呼び止められた。「閉まってるよ」え?「もうずっと閉まるんだよ」受付横の案内には高島屋百貨店閉店のお知らせ。6月上旬に閉店して、このビルも売り払ってしまうらしい。経営が苦しいのだろう。どのような品揃えだったのかも気になるところだが、もう遅い。

他に日本のものが手に入る場所で心当たりがあるのが中華街である。本物・ニセモノとりそろえて物量と安価で地域経済をのみこむ流通界の脅威である。ポッキーやアポロチョコなど日本のお菓子なら以前に中華街で売られているのをみたことがある。なにか妙ちくりんな人形などよりもこちらのほうが迷惑にもならなくて良い。

早速中華街の場所とそこへの地下鉄の路線を確認すべく、適当なベンチに座ってガイドブックと地図をひろげた。と、そこで隣に座っていた屈強な男に声をかけられた。どこからきたのか、ニューヨークでなにをしているのか、いつまで滞在するのか。毎度おなじみの質問にほぼ定型文通り受け答えしていると、向かいにいたこの男の連れらしき長身の男が「こいつはおかまだから気をつけろ」と教えてくれた。が、連れのこいつもどうみてもおかまだ。ニューヨークの一流のおかま達だ。僕はゲイの人々に抵抗は感じないし、日本ではおかまがテレビに出まくっているので、むしろ「おかま天国」だ。一度東京に来てみるがいい。と言うと、

「うらやましい、こちらではテレビ番組におかまが堂々とレギュラー出演できるなど考えられないし、偏見も根強い。現に隣のおっさんは我々がおかまだと気づいた後は、一切こちらに話しかけてこなくなっただろう。今度日本に行ったらあなたの家に泊まっても良いか?」

それは丁寧にお断りしてから、日本文化と同性愛の歴史についてくどくどと講義をたれる。戦国時代の武将と小姓の関係。キリスト教の布教と制限までの過程。歌舞伎等々。機会があったらニューヨーク大学の図書館で日本学の書物などひも解いてみるが良い。これからのおかまは学が無くてはつとまらないんだと言うと急にしおらしくなった。

「あなた結婚しているの?」のっぽのおかまが僕の薬指をみて言う。「わたし既婚者はきらい、まったく話しかけて損した」とガチムチ。僕に何を期待するというのか。

おかま達と楽しく語らったあとは地下鉄にのって中華街を目指した。街に出るとそこは漢字であふれていた。店の公道の境界線などは遥か昔に消えてしまい、八百屋から道に溢れ出す食物の群。飴色に炙られぶら下がる水鳥らしき肉塊は、醜悪だが人の食欲と言う業をとらえて離さない。雑多で無計画で望むままに枝をのばした看板群。飛び交う多国籍のことば。野菜の切れはし、食肉の骨などが道に散乱し、異国のスパイスの匂いと腐臭がたちこめる。

この街がおなじく混沌としたタイムズスクエアと違うのは人々が希望と欲望にあふれ、けっしてあきらめていないところだ。この中華街は日々増殖している。毎日確実にマンハッタン島を喰らい取り込み、人も建物もその腑の熱く煮える大釜の中に融解させているのだ。

目当ての日本菓子はすぐに見つかった。確実に日本国内で見覚えのあったものだけを選んで購入する。これでお土産はできた。

夕食時にKちゃんに学校の様子を聞くと、やはり日本から団体で来た生徒達はグループになってしまい、あまり他の国の生徒と交流をもたないらしい。もったいないことだ。またボストン行きの計画変更を検討する。日曜日は早めにニューヨークに戻って休んだ方が良い。ボストン組と遊ぶのは土曜日だけにしよう。

明日は8時半に集合だ。
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テーマ:バレエ - ジャンル:学問・文化・芸術





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